妊娠中の抗うつ薬使用と子どもの注意欠如・多動症リスク[香港]
妊娠中の抗うつ薬使用は、母体の精神症状を改善する一方で、胎児や出生後の子どもの発達への影響が懸念されることがある。これまで、妊娠中の抗うつ薬使用と子どもの注意欠如・多動症(ADHD)との関連を示す報告がみられたが、母親のうつ病、不安障害などの精神疾患や遺伝的・家庭環境要因が影響している可能性も指摘されている。本論文は、香港の大規模電子診療記録を用いて、妊娠中の抗うつ薬使用と子どものADHDリスクとの関連を検討し、その背景にある「適応による交絡」の影響を多角的に評価した研究である。
Man KKC, Chan EW, Ip P, Coghill D, Simonoff E, Chan PKL, et al. Prenatal antidepressant use and risk of attention-deficit/hyperactivity disorder in offspring: population based cohort study. BMJ. 2017;357:j2350. doi:10.1136/bmj.j2350
妊娠中の抗うつ薬使用と子どもの注意欠如・多動症リスク[香港]
研究の背景/目的
妊娠中の抗うつ薬、とくにSSRIの使用は、子どもの注意欠如・多動症(ADHD)リスクと関連する可能性が報告されてきた。しかし、母親のうつ病や不安障害など、薬剤使用の背景となる精神疾患自体が子どものADHDと関係する「適応による交絡」を十分に検討した研究は限られていた。本研究は、妊娠中の抗うつ薬使用と子どものADHDとの関連を評価し、その関連が母親の精神疾患などによって説明されるかを検討することを目的とした。
研究の方法
香港の電子診療記録データベースを用い、2001~2009年に公立病院で出生した190,618人を2015年末まで追跡したコホート研究である。母親の抗うつ薬使用を妊娠中使用、妊娠前のみ使用、非使用に分類し、子どものADHD診断またはADHD治療薬の処方をアウトカムとした。母親の精神疾患、他の向精神薬使用、年齢、子どもの性別、社会経済状況などを調整したCox比例ハザードモデルに加え、妊娠前使用群との比較、兄弟ペア解析も実施した。
研究の結果
追跡期間中、5,659人(3.0%)がADHDと診断または治療された。妊娠中に抗うつ薬を使用した母親の子どもでは、未調整ではADHDリスクが高かったが、母親の精神疾患や他の向精神薬使用を調整するとハザード比は2.26から1.39へ低下した。さらに、胎児が薬剤に曝露されていない妊娠前のみ使用群でもリスク上昇がみられ、母親が抗うつ薬を使用していなくても精神疾患がある場合にADHDリスクは高かった。兄弟ペア解析では有意差は認められなかった。
結論
妊娠中の抗うつ薬使用と子どものADHDとの関連は、薬剤そのものの影響だけではなく、母親の精神疾患、家族性・遺伝的背景、その他の関連因子による交絡で少なくとも一部説明される可能性が示された。妊娠前のみの抗うつ薬使用群や、抗うつ薬非使用でも精神疾患を有する母親の子どもで同様にリスクが高かったこと、兄弟比較で有意差がなかったことがこの解釈を支持する。因果関係が存在するとしても、その影響は従来報告より小さい可能性がある。
考察と感想
本研究を読んで最も重要だと感じたのは、「妊娠中に抗うつ薬を使用した」という事実だけから、薬剤が子どものADHDを引き起こすと結論づけることの難しさである。未調整解析ではADHDリスクの上昇が認められた一方、母親の精神疾患や他の向精神薬使用を調整すると関連は大きく弱まっている。さらに、胎児が抗うつ薬に曝露されていない妊娠前使用群でもADHDリスクが高く、抗うつ薬を使用していない母親でも精神疾患がある場合にリスクが上昇していた。この結果は、母親の精神疾患の重症度、遺伝的素因、家庭環境などが、抗うつ薬使用と子どものADHDの双方に関連している可能性を示している。
特に、兄弟ペア解析で有意な関連が認められなかった点は説得力がある。同じ家庭内で育つ兄弟を比較することで、家族に共通する遺伝的・社会的要因の影響をある程度抑えられるためである。ただし、兄弟解析は対象数や曝露状況が異なる兄弟に限られ、信頼区間も広い。そのため、「抗うつ薬の影響がまったくない」と断定する根拠ではなく、少なくとも観察研究でみられる関連の相当部分が交絡による可能性を示す結果と解釈するのが妥当だと思う。
また、SSRIでは調整後に有意な関連がみられなかった一方、非SSRIでは関連が残った点も興味深い。しかし著者らが述べるように、非SSRI使用者では精神疾患がより重症である可能性があり、薬剤の種類そのものの差と安易に解釈すべきではない。
妊娠中の薬物治療では、胎児への潜在的な影響だけでなく、母親のうつ病や不安障害を治療せずに放置するリスクも比較しなければならない。本研究は、その判断を単純な「薬剤使用の可否」ではなく、母親の精神状態、既往、症状の重症度、代替治療の可能性を含めて個別に考える必要があることを示す、臨床的に価値の高い研究だと考える。
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