小児の咳が長引くとき、私たちはしばしば「自然に治る経過」と「治療介入の必要性」の間で判断に迷います。本研究は、原因が特定しにくい持続性咳嗽に対して、これまで常在菌と考えられてきたMoraxella catarrhalisに注目し、抗菌薬治療が臨床経過にどのような影響を与えるのかを検討したものです。日常診療の悩ましい問いに、実証的な視点から迫った研究といえます。

小児の持続性咳嗽における鼻咽頭細菌叢とアモキシシリン/クラブラン酸治療の有効性

研究の背景/目的

小児の下気道感染症(LRI)では、技術的および倫理的な制約から原因病原体の特定が困難な場合が多いことが知られています。本研究は、LRIの中でも咳が10日以上持続する小児に焦点を当てたものです。従来、Moraxella catarrhalisは口腔咽頭の常在菌、すなわち非病原菌と考えられてきましたが、近年、小児における持続的な咳との関連を示唆する報告がなされてきました。本研究の目的は、持続性咳嗽を有する小児の鼻咽頭細菌叢を調査するとともに、アモキシシリン/クラブラン酸による治療効果を評価することです。

研究の方法

本研究は、スウェーデン・ストックホルムに所在する3つの外来クリニックで実施された前向き二重盲検試験です。10日以上咳が持続している生後7か月から7歳までの小児52名を対象とし、独自のスコアリングシステムで重症度が8点以上の症例を登録しました。肺炎、急性中耳炎、ならびに臨床的に百日咳が疑われる症例は除外されています。対象者は、アモキシシリン/クラブラン酸を20 mg/kg/日で7日間投与する群と、プラセボを投与する群に無作為に割り付けられました。評価は、保護者が8日間にわたり毎日の咳の回数を記録することで行われ、あわせて鼻咽頭スワブによる細菌培養と、百日咳およびマイコプラズマに対する血清学的検査が実施されました。

研究の結果

鼻咽頭細菌培養では、Moraxella catarrhalisが最も高頻度に検出され、37名(71%)から分離されました。次いでHaemophilus influenzaeが30.8%、Streptococcus pneumoniaeが21.1%でした。治療反応に関しては、抗菌薬治療群がプラセボ群と比較して有意に良好な回復を示しました。医師による評価ではp=0.02、保護者による独立した評価ではp=0.002と、いずれにおいても抗菌薬群の優位性が確認されました。保護者評価では、抗菌薬群の71%が満足のいく回復を示したのに対し、プラセボ群では22%にとどまりました。咳の回数の減少は、投与開始後7~8日目、すなわち治療終了間際になって初めて抗菌薬群で明瞭となりました。なお、事前に除外を試みていたにもかかわらず、検査により12名(23%)に百日咳感染が確認されました。

結論

本研究の結果は、Moraxella catarrhalisが小児における持続的な咳の発症に直接関与している可能性を支持するものです。抗菌薬治療によって臨床的改善が認められた点は、細菌性病原体が本症状の病因に寄与していることを示唆しています。多くの小児では全身状態が保たれているため、すべての症例で抗菌薬治療が必要となるわけではありませんが、激しい咳や睡眠障害、食欲不振などを伴う場合には、Moraxella catarrhalisの病原性を考慮した治療選択を検討する意義があると考えられます。

考察と感想

本研究は、原因病原体の同定が難しい小児の持続性咳嗽に対し、鼻咽頭細菌叢という視点から臨床的意義を検討した点に特徴があります。Moraxella catarrhalisが高頻度に検出され、かつ抗菌薬治療群でのみ有意な臨床改善が認められたことは、本菌が単なる常在菌ではなく、少なくとも一部の症例では症状の持続に関与している可能性を示唆しています。一方で、改善が治療終了間際になって初めて明瞭となった点や、百日咳感染が一定数含まれていた点は、咳嗽の病態が単一因子では説明できない複雑さを反映しており、抗菌薬の効果解釈には慎重さも求められます。

全身状態が比較的良好な小児を対象としながらも、症状の質や家族への負担に着目して治療介入の意義を検討している点が印象的でした。すべての持続性咳嗽に抗菌薬を用いるべきではないことを前提としつつ、症状が強く生活への影響が大きい場合には、病原性を再評価したうえで治療を考慮するという臨床的バランス感覚が示されています。日常診療において「様子を見る」と「介入する」の間で迷う場面に対し、考える材料を与えてくれる研究だと感じました。

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このブログ(https://www.dr-kid.net )を書いてる小児科専門医・疫学者。 小児医療の研究で、英語論文を年5〜10本執筆、査読は年30-50本。 趣味は中長期投資、旅・散策、サッカー観戦。note (https://note.mu/drkid)もやってます。