疫学

第5回:コホート研究について②【基本を理解しよう】

前回はコホート研究の定義や歴史、利点・欠点について解説してきました。

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概念的なところは前回の記事を見ていただければ理解できると思います。今回は、コホート研究を3つのパート(+ α)に分けて説明していこうと思います。

パート別に分けることで、より理解が深まると良いと思います。

本記事の内容

  • コホート研究への参加者を募る
  • コホートを追跡する
  • アウトカムを計測する
  • 前向き vs. 後ろ向きコホートとは?

今回もModern Epidemiology(3rd edition)を基に記載していますが、直訳ではありませんし、私の解釈と背景知識を織り交ぜながらの解説になります。

特に今回はかなりアレンジしていますので、ご容赦ください。

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コホート研究への参加を募集する

コホート研究では、参加者を募ったり決めたりする必要があります。英語では「recruitment to the cohort」とか「membership defining event」とか言われています。

この参加者を募る段階で、継続して追跡する集団を決めることになります。

かなりざっくりを分けると、

  • 公共のレジストリー(public registry)
  • 職場でのコホート(occupational cohort)
  • 大学、自治体、病院や診療所を中心としたコホート

などに分けられます。

最初の2つは自動的にコホートに登録されているケースが多く、最後の自治体・病院などを中心としたコホートは参加者を募る形式のことが多いです。

公共のレジストリーについて

「Public Registry(公共のレジストリー)」と言われても、あまりピント来ないかもしれません。例をあげて言うと「がん患者登録」などが挙げられます。ただし、日本のシステムはまだ不十分で、全ての医療施設が協力してくれているわけではなく、全ての癌患者が登録されているわけではありません。

一部の先進国では、

  • 出生
  • 稀な疾患
  • 死亡

などを全例登録するシステムが採用されています。登録をしておくことで、後に研究に役立てることがあります。

例えば、稀な疾患の場合、病院レベルでコホート研究を行うことは不可能に近いです。しかし、全国登録しておくことで、大きな規模で研究できますし、場合によってはケース・コントロール研究を組むことができます。

国や地域によっても異なりますが、公共レジストリーの場合、自動的に登録されている場合が多く、それぞれの異なるデータをリンケージできることもあります(例えば、出生記録とガン患者登録)。

職業コホートについて

職業コホート(occupational cohort)は、雇用時や雇用期間中のデータを登録しておいて研究に役立てます。

特に有害な薬物などを使用する場合など、特殊な環境下で労働する場合、労働者の健康に悪影響がないかをモニターすることを目的にコホートが作られていることがあります。

 

自治体、大学、病院・診療所を中心としたコホート

自治体や大学、病院・診療所が協力しあって行われているコホート研究もあります。
代表的なコホートとして、アメリカのFrammingham Heart Study(フラミンガム・コホート)があります。

近年では国内でもコホートの数は徐々に増えており、久山町研究などが有名どころと思います。

小児科領域ですと、Danish Birth Cohort(デンマーク出生コホート)が有名どころです。
やや小規模ですが、アメリカにもCHDS(Child Health and Development Study)というコホート研究がカリフォルニア州を中心に行われています。

国内であればエコチル調査というコホート研究が行われています。

歴史のある出生コホートは1960〜80年くらいから始まっており、日本の小児のコホート研究は、かなり後手になっていると言えるでしょう。

 

参加者の追跡について

コホート研究では参加者を追跡をする過程で

  • 診察をする
  • 質問票を送る
  • インタビューをする
  • 検査をする

といった過程を繰り返すことになります。

これら得られた情報はアウトカムにもなりますし、(経時的に変化する)患者背景にもなり得ます。

追跡不能や欠損値を減らすために

コホート研究では、長期間にわたり参加者を追跡するため、途中で追跡できなくなったり(追跡不能)、とある期間の検査や質問票が空欄になってしまう(欠損値)ことがあります。

参加した当初は研究に協力的な気持ちでいたけれども、時間が経つに連れて検査や質問票を埋めるのが億劫になったり、意義を感じられなくなる方がいるのは、仕方がないことと思います。

これに対応するためには、行われる方法として、

  • 参加者にインセンティブ(金銭など)を与える
  • 健康に関する情報を与える
  • 研究に参加している意識を与える

といった方法があります。

インセンティブは長続きしないことがある

研究に参加することでインセンティブ(例えばQuoカードや図書券)などが貰えるのであれば、参加を続けてくれる人が増えるかもしれません。
ですが、この方法を好ましく思わない疫学者もいます(実は私もそうです)。

まず、インセンティブで釣る行為は、あまり長続きしないことが多いからです。
さらに、研究資金が減ってしまい、本来できるはずの研究が行えなくなってしまうリスクがあるからです(疫学研究は研究資金が潤沢でないケースが多いです)。

研究への参加に敬意と誇りを持たせる

海外のコホート研究でも同様で、インセンティブを与える代わりに、健康に関する情報を与えたり、研究に参加していることを誇りに思えるような配慮をしています。

例えば、Nurse’s Health Studyは、ハーバード大学が中心に行われた看護師さんを対象にしたコホート研究ですが、インセンティブ以外の方法を上手に利用して、追跡不能となる参加者の比率を非常に低く抑えています。
具体的な工夫として、

  • 全体の研究結果を速報として伝える(公への発表より前に)
  • 研究が論文化される前に通知する
  • 研究で得られた知見や、それに関連した有益な情報を送る

といった、お金に換算できない方法で、参加者への感謝と敬意を払っています。

例えば、

  • ニュースで「〇〇という研究結果がハーバード大学から発表されました」
  • 新聞で「〇〇という研究結果が論文化され、話題になっています」

と世間で話題になる遥か前に、大学側からすでに研究結果を知らせてもらえたら、研究に参加していることに誇らしさを感じる方も多数いるのではないでしょうか。
「研究に参加してるから、このニュースの内容、実はずっと前から知ってるよ」と誇らしげに友人や家族に語れるかもしれませんね。

逆に、参加者よりメディアが先に知ってしまうと、「なんで参加している自分たちより、メディアの人が先に知ってるんだろう…?」と、参加者のモチベーションは下がったち、場合によっては不信感を感じるかもしれません。
結果として、研究から離れていってしまうケースもあるでしょう。

 

アウトカムを計測する

コホート研究の場合、アウトカムの計測は1度だけでなく、繰り返し評価することが多いと思います。

アウトカムとしては、

  • 連続変数:血圧、HbA1c、FEV1など
  • 二値変数:喘息、気管支炎、心筋梗塞などの発症(あり/なし)

などがあります。

アウトカムを評価する際、

  • 短期間で起こり、変わりうるもの:FEV1
  • 短期間で起こるが変わりづらいもの:喘息などの診断
  • 長期間で起こり、変わりうるもの:高血圧
  • 長期間で起こり、変わらないもの:動脈硬化

の4つのタイプに分けられることを意識すると良いでしょう。

アウトカムを統計学的に評価する

コホート研究で暴露因子やアウトカムを繰り返し計測し、最終的に統計学的な評価をする場合、より複雑なモデルが必要になることがあります。
この場合、通常の回帰分析のみでは対応困難なケースが多く

  • 混合効果モデル(mixed effects model)
  • IP weighting
  • g-estimation

など、より高度な手法を要求されることがあります。

 

前向きコホートと後ろ向きコホートについて

巷の〇〇セミナーや薄っぺらい臨床研究入門書に「コホート研究は前向きのみ」と説明されていることがありますが、そんなことはありません。

コホート研究には前向き(前方視的)も、後ろ向き(後方視的)もありますし、それぞれに利点・欠点もあります。

前向きコホートについて

前向きコホートは、これまでに説明してきた通りでして、

  1. 参加者を募り
  2. 背景情報を記録し
  3. アウトカムを追跡する

という順序で行います。

後ろ向きコホートについて

後ろ向きコホートは、ヒストリカル・コホートと言われることもありますが、同じ意味です(Retrosprctive Cohort = Historcal Cohort)。

すでに終了したコホート研究のデータを使用して二次解析を行う場合や、公共のレジストリーなどを複数利用してコホートをデータ上で組むケースもあります。

例えば、いくつかのデータベースに共通する患者IDがあれば、

  • 出生時のデータベース(出生体重・週数など)
  • がん登録のデータベース(全例登録)

の両者を使って後ろ向きのコホートをすることも可能です。

  1. 出生時のデータベースで対象者を決める
  2. 暴露因子(Exposure of interest)と共変数(covariate)を決める
  3. アウトカム(Outcome of interest)を決める
  4. 解析する

の手順で行います。

この場合、患者の追跡不能がどの程度起こりうるか、アウトカムがどの程度正確に捉えられているか、といった問題があります。

この方法の利点としては、過去のデータを使用するだけですので、研究の費用を低く抑えることができます。
長期間の追跡も(データ上であれば)可能ですし、コホートに参加させる人数を増やすこともできます。

まとめ

今回はコホート研究について基本事項を順序に分けて説明してきました。

次回は、それぞれの段階で必要な知識をさらに詳しく解説をします。

 

 

● Modern Epidemiology(3rd edition):Chapter 7: Cohort study

 

ABOUT ME
Dr-KID
このブログ(https://www.dr-kid.net )を書いてる小児科専門医・疫学者。 小児医療の研究で、英語論文を年5〜10本執筆、査読は年30-50本。 趣味は中長期投資、旅・散策、サッカー観戦。note (https://note.mu/drkid)もやってます。