疫学

E-valueを理解する:未計測の交絡因子によるバイアスを考える

P-value、S-valueと説明してきたので、最後にE-valueについて解説していこうと思います。E-valueはハーバード公衆衛生大学院のVenderWeele教授らが提唱している指標です。名前は似ていますが、E-valueはP-valueやS-valueとは異なる概念である点に注意してください。ちなみに、E-valueでは、観察研究で「どのような未計測の交絡因子があれば、観測された関連を説明できるのか」を示す指標です。

KRSK先生(@koro485)のほうが、より専門的な解説を下記のブログで記載しています。

https://www.krsk-phs.com/entry/sensitivity_analysis

観察研究と交絡因子について

観察研究では未計測の交絡因子の存在がついてまわります。

例えば治療がアウトカムを改善させるのかを観察研究で行なったとしても、未計測の交絡因子が残ってしまうケースがほとんどです。治療とアウトカムの関連性を統計学的に評価をしようにも、「治療→アウトカム」の経路と「治療←未計測の交絡因子→アウトカム」の経路を区別できません。つまり、本当に治療効果があるのか、単なる未計測の交絡因子による「偽りの相関」なのか、統計手法ではわからないのです。

このため「観察研究では因果関係が証明できない」と言われていますが、ここで思考停止をしないほうが良いと私は考えています。確かに「観察研究で因果関係が証明できない」のは、ほとんどの観察研究でいえることですが、何が足りなかったのか、どのような因子が必要だったのかを考える作業も疫学研究の醍醐味です。その1つが未計測の交絡因子です。

E-value8では、未計測であった交絡因子が、どのくらい治療とアウトカムに関連していれば、計測されたORやRRを説明できてしまうのかを推定する方法です。例えば、観察研究で計測された治療がアウトカムに与える影響の推定値(βobs)は、RCTを繰り返し行うことで得られる真の治療効果の値(βtrue)と異なることがあります。この異なる原因として、未計測の交絡因子による偽りの相関の影響(βbias)があります。これを単純化すると、

  • βobs= βtrue とβbias

となります。つまり、未計測の交絡因子のある観察研究結果(βobs)では、本当に知りたい治療効果(βtrue)に交絡によるバイアス(βbias)が上乗せされた状態です。このバイアス(βbias)だけで観測された関連(βobs)を説明できるのかをみる指標としてE-valueがあります。

具体例:母乳と感染症の死亡率

前置きが長くなりました。まずは具体例をみながら一緒に考えていきましょう。例えば、1987年にVictoraらは乳児において、呼吸器感染症による死亡を母乳が予防する効果を報告しています9

著者らは、交絡因子として年齢(L1)、体重(L2)、母親の教育レベル(L3)、世帯収入(L4)などを統計学的に対処した上で、母乳を飲んでいる乳児は、人工ミルクのみを飲んでいる乳児は呼吸器感染による死亡リスクが3.9倍高いことが分かりました(RR, 3.9; 95%CI, 1.8–8.7)。

一方で、受動喫煙(U)についてはこの研究では計測されておらず、未対処のままで、この計測された推定値(RR, 3.9)が正しいのか、一抹の不安があります。この状態を図式化すると、以下のようになります。

バイアス分析によるアプローチ

未計測の交絡因子がある場合、バイアス分析(bias analysis)で交絡因子によるバイアスを補正することが可能です。この分析には、未計測の交絡因子(U)と暴露因子(E)の関連(RREU)、未計測の交絡因子(U)とアウトカム(Y)の関連(RRUY)という、RREU    とRRUDという2つのリスク比を過去の研究や、専門家の意見などから利用する必要があります。

母乳(E)と呼吸器感染症による死亡(Y)と受動喫煙(U)の話に戻りましょう。

例えば、過去の研究から、母親が喫煙者でない場合の母乳栄養をする割合が40%で、母親が喫煙者の場合に母乳栄養をしている割合が20%と判明したとします。この場合、RREU= 2となります。

さらに、過去の文献を探したら、受動喫煙をしている乳児は、そうでない乳児と比較して、呼吸器感染症のリスクが4倍高かったという報告があったとします。この場合、RRUD= 4となります。ここから交絡によるバイアスの大きさ(B)を推定するのですが、以下の等式で計算可能です:

Victoraらの行なった研究では、受動喫煙による影響は無視した状態で、母乳栄養でない乳児の呼吸器感染症による死亡率は3.9倍高かったです(RR, 3.9; 95%CI, 1.8–8.7)9。受動喫煙によるバイアスを補正すると、それぞれをB = 1.6で割るため、[RR,2.43; 95%CI, 1.1–5.4]となります。

E-valueでのアプローチ

 

E-value8はこのバイアス分析と似ていますが、RREUとRRUDは個別に調べず、この2つの値がどのくらいなら、計測されたリスク比(RR = 3.9)がbias補正によってRR = 1になるかを推定します。数式は非常にシンプルでして、

となります。

このE-valueの解釈ですが、「今回の研究で示されたリスク比(RR) 3.9は、未計測の交絡因子(U)とアウトカム(Y)および暴露(E)それぞれのリスク比がRREUと=7.26かつRRUD=7.26であった場合、Uのみで説明できるものである(つまりバイアスを補正したらRR = 1になる)」という意味になります。

交絡によるバイアスでRR = 3.9が説明できるのに、必ずしもRREU=7.2かつRRUD=7.2でなくてもよいです。例えば、RREUが7.2より小さくなれば、その分だけRRUDが7.2より大きくなればよいのです。

E-valueの計算ですが、今回のようにRR = 3.9という点推定(point estimate)を使用する場合もありますし、95%CIでRR = 1に近いほうの値(1.8)を使用する場合もあります。

参考文献

 

  1. Rothman, K., Greenland, S. & Lash, T. Modern Epidemiology, 3rd Edition. (Lippincott Williams & Wilkins., 2012). doi:8184731124
  2. Holman, C. D. A. J., Arnold-Reed, D. E., De Klerk, N., McComb, C. & English, D. R. A psychometric experiment in causal inference to estimate evidential weights used by epidemiologists. Epidemiology12, 246–255 (2001).
  3. Greenland, S. Valid P-Values Behave Exactly as They Should: Some Misleading Criticisms of P-Values and Their Resolution With S-Values. Am. Stat.73, 106–114 (2019).
  4. Brown, H. K. et al.Association between serotonergic antidepressant use during pregnancy and autism spectrum disorder in children. JAMA – J. Am. Med. Assoc.317, 1544–1552 (2017).
  5. Brown, H. K., Hussain-Shamsy, N., Lunsky, Y., Dennis, C. L. E. & Vigod, S. N. The association between antenatal exposure to selective serotonin reuptake inhibitors and autism: A systematic review and meta-analysis. J. Clin. Psychiatry78, e48–e58 (2017).
  6. Amrhein, V., Greenland, S. & McShane, B. Scientists rise up against statistical significance. Nature567, 305–307 (2019).
  7. Shannon, C. E. A Mathematical Theory of Communication. Bell Syst. Tech. J.27, 379–423 (1948).
  8. VanderWeele, T. J. & Ding, P. Sensitivity Analysis in Observational Research: Introducing the E-Value. Ann. Intern. Med.167, 268 (2017).
  9. Victora, C. G. et al.Evidence for protection by breast-feeding against infant deaths from infectious diseases in Brazil. Lancet (London, England)2, 319–22 (1987).

 

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Dr-KID
このブログ(https://www.dr-kid.net )を書いてる小児科専門医・疫学者。 小児医療の研究で、英語論文を年5〜10本執筆、査読は年30-50本。 趣味は中長期投資、旅・散策、サッカー観戦。note (https://note.mu/drkid)もやってます。